学びを現場に定着させる
多くの研修は受講が終わった段階で区切りとされがちですが、実際には研修後のフォローとサポートこそが学びを職場に定着させ、成果を生むための鍵となります。では、どのようにして研修で得た知識やスキルを現場に活かし、長期的な成果を生み出すことができるのでしょうか?具体的な方法をご説明します。
目次
1.はじめに
研修の目的と重要性
企業における研修は、社員のスキル向上や業務遂行能力の強化を目的とした、重要な人材育成の手段です。しかし、研修で単にスキルを習得させるだけでは不十分です。それを実際の業務に適用し、社員が成果を出すことこそが最も重要です。効果が現場で実証されて初めて、研修が成功したと言えるでしょう。
研修が「やりっぱなし」になるリスク
研修には「やりっぱなし」になるリスクがあります。研修プログラムが終了した後、その学びが実務に反映されず、企業や従業員にとって期待される効果が得られない状況がしばしば発生します。以下に、その具体的なリスクを挙げます。
(1)研修投資の無駄
研修には多大な時間やコストがかかりますが、得た知識やスキルが業務改善に結びつかなければ、その投資は無駄になってしまいます。
(2)従業員のモチベーション低下
研修を受けたにもかかわらず、それを職場で活かす機会がなかったり、サポートが不十分だったりすると、従業員は学びが無駄になったと感じ、モチベーションが低下する可能性があります。
(3)組織の成長停滞
研修の成果が現場に定着しないと、企業全体の成長が阻害されます。例えば、イノベーションが停滞し、新しい製品やサービスの開発が遅れることや、業務効率の改善が進まないことで競争力が低下するリスクがあります。
(4)人材流出
学んだことを実践する機会がない職場環境では、向上心のある優秀な人材が他の機会を求めて退職する可能性があります。
(5)研修の信頼
研修の効果が見られないと、従業員から研修そのものへの信頼が失われ、次回以降の研修参加意欲が低下することがあります。
これらのリスクを避けるためには、研修後のフォローアップや、学んだことを実務に活かすための仕組み作りが必要不可欠です。企業は、研修が単なるイベントで終わらないよう、継続的なサポート体制を整えることが求められます。
今回は、研修が「やりっぱなし」にならないようにするためのポイントや、研修内容を職場で活かすための具体的な手法についてご紹介します。
参考文献: 中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社出版社, 2018年)
2. 研修転移 とは
研修転移 の概念とその重要性
研修で学んだ内容を職場で実際に活かすために重要になるのが「 研修転移 」という概念です。 研修転移 とは、研修で得た知識やスキルを日常業務に応用し、実際の行動改善や業績向上に結びつけるプロセスを指します。研修を単なる一時的なイベントで終わらせず、そこで得た知識やスキルを職場で活かすことが、企業の持続的な成長と発展につながります。研修は、あくまで始まりに過ぎません。研修転移を通じて、学んだことを実務に活用し、日々の業務に変化をもたらすことで、企業は真に価値ある成果を得ることができます。 研修転移 ができなければ、研修はやらない方がよいとすら言えるでしょう。
研修転移 には、研修を一度受講するだけで終わらせず、学んだ内容を実務に繰り返し応用する継続的な取り組みが不可欠です。定期的なフォローアップやフィードバックセッションを通じて、研修で得たスキルや知識を実際の業務に反映させる機会を提供し、振り返りを行うことで、職場に学びを確実に定着させることができます。このプロセスを繰り返すことにより、 研修転移 が促進され、結果として社員のパフォーマンス向上に寄与します。
研修内容が定着しない要因
一方で、多くの企業で、研修で得た知識やスキルを実際の業務に活かすことができていません。なぜ 研修転移 が難しいのでしょうか?
(1)職場環境や文化が障壁となる場合
日々の業務が忙しすぎて新しいスキルを試す余裕がなかったり、従来のやり方に固執する職場風土の下では新しい取り組みが受け入れられない場合があります。また、上司や同僚からのサポートが不足していると、研修で学んだことを実践に移すためのモチベーションが低下し、研修内容が定着しにくくなります。
(2)研修内容を試せないため定着しない
研修が終了した直後は知識が新鮮で意欲も高まっていますが、時間が経つにつれて記憶が薄れ、日常の業務に埋もれてしまうことがよくあります。また、研修内容が現場での具体的な業務に直結していない場合、学びを活かす機会が少なく、結果として実践に結びつかないことも多いです。
(3)組織全体のサポート体制の欠如
研修後に学びを振り返る場がない、もしくはフィードバックがないと、学んだことがそのまま忘れ去られてしまうリスクがあります。研修を受けた社員が職場で孤立しないよう、周囲のサポートが欠かせません。
これらの要因が重なることで、研修後の実践がなされず、 研修転移 が進まないことが多いです。しかし解決策を講じることで、研修の効果を最大限に引き出すことが可能です。次の章では、これらの課題を乗り越えるための具体的な方法について紹介します。
3. 研修転移 を実現するための取り組み
ここからは具体的な方法について紹介します。
職場環境や文化が障壁となる場合
(1)上司や同僚のサポート体制の整備
研修後に上司やチームメンバーが積極的にサポートし合う文化を醸成することが重要です。具体的には、リーダー層に研修内容を共有し、実践の場を設けることで、学びが職場に浸透しやすくなります。サポートする側が明確な役割を持ち、サポート体制を整備することで、研修の効果が高まります。部下が受講した研修内容に上司が目を通すこと、ありますか?小さなことですが、情報共有から始めることも有用な手段です。
(2)小さな成功体験を積み重ねる
大きな変化ではなく、日々の業務で実践可能な小さな取り組みから始めることが効果的です。例えば、新しいプロセスを小さなプロジェクトに適用し、徐々にそのやり方を広げていくことで、変化に対する抵抗を減らし、定着を図ります。
研修内容を試せないため定着しない場合
(1)実務と連動した研修設計
研修内容を現場の具体的な業務に結びつけることが鍵です。研修中に実際の業務に直結する課題を取り上げ、実践的なシナリオを用いることで、職場での適用がスムーズになります。研修の設計段階で実務の状況を考慮することが、研修内容の定着を促進します。
(2)研修後フォローで学びを確実に定着させる
研修後に定期的なミーティングやフィードバックセッションを設け、学んだ内容を再確認し、実践の機会を確保することが重要です。これは受講者の努力だけで達成できるものではなく、上司のフォローが不可欠です。経験を積んだ部下は研修で得た学びを日常業務にしっかりと定着させ、継続的に活用します。
組織全体のサポート体制が不足している場合
(1)研修後のサポートシステムの構築
研修終了後に、社内メンター制度やグループディスカッションなど、学んだことを共有・実践するための仕組みを導入します。これにより、研修内容を日常業務に反映しやすくなり、実践の機会が提供され、学びが組織全体に浸透します。
(2)評価システムとの連携
研修の成果を評価制度に組み込み、学んだことを実践した社員に対して評価や報酬を与える仕組みを作ることで、研修内容の実践を促進します。評価システムと研修内容を連携させることで、社員のモチベーションを高め、実践を促進します。
(3)ミニフィードバックセッション
週に一度、5〜10分程度の短いフィードバックセッションを設け、研修内容の実践状況を共有します。例えば、簡単な振り返りの質問を投げかけ、気軽に話し合う場を作ることで、長時間のミーティングを避けながらも研修内容を定着させることができます。定期的な短時間のフィードバックが、継続的な学びの支援となります。
(4)ピアサポートシステムの導入
上司やメンターが負担を感じる場合、同僚同士でのピアサポートを促進します。研修参加者同士がペアやグループで定期的に進捗を確認し合う仕組みを取り入れることで、負担を分散しながらも、短時間でのサポートを実現します。ピアサポートは、社員同士の結束を強化し、学びを共有する機会を提供します。
4.成功事例の紹介
ニコン株式会社
1917年に設立された日本の光学機器メーカー。かつてはカメラやレンズで世界的に有名でしたが、現在では事業の多角化が進んでいます。半導体露光装置や計測機器を扱う精密機器事業が成長しており、近年はヘルスケア事業も拡大しています。これにより、ニコンはもはや「カメラメーカー」ではなく、幅広い分野で光学技術を応用した精密機器を企画・製造する企業として位置づけられています。
ニコンには伝統的に「指導員」という制度があります。部署内に新卒の新人が配属されるとき、約1年間その指導を、「指導員」が担当するというものです。この指導員制度は、40年以上続く伝統ある仕組みですが、2008年頃から教え方を統一するための改善が行われました。指導員(OJT担当者)は、事前に「指導員研修」を受講します。
研修前の工夫
1.指導員に対しての事前ウェブアンケート
・未経験者には「指導員になるに当たっての期待と不安」を聞いて、役割に対する関心の喚起と心の準備をしてもらう。
・過去に経験がある社員には「これまでの指導員経験の苦労と工夫」を聞いて、指導員制度の質を向上させています。
2.指導員から上司である課長に対してインタビューし新人育成の方針を共有
・「自分を指導員に任命した理由」
・「キャリアパスを通じて描く1年後の新人の姿」
・「1年間で習得すべき知識・スキル」などを尋ね、今後1年間の具体的な育成計画を作ります。
3.組織ぐるみで育てるための「人脈マップ」を作成
もう一つ、指導員に課せられているのは「人脈マップ」の作成です。これは、新人が仕事でかかわる組織と人を図示したものです。定型的なフォーマットはなく、指導員が自由に作成します。
このマップの良いところは
・新人は、社内のだれに聞けば何が分かるかを知ることができます。
・指導員は新人の育成は職場ぐるみであり、一人で抱え込まなくてもいいという人事部門のメッセージを理解することができます。
・人材マップを参照しながら指導員と新人が話すことで、共通の話題を見つけやすくなります。たとえば、「この人は〇〇の専門家だ」「この人の趣味は〇〇だ」といった情報を共有することで、コミュニケーションのきっかけをつかみやすくなります。
研修中の工夫
入社半年後のフォロー研修で指導員から新人へ手紙を書いています。
・新人が頑張っているところ
・今後改善が期待できるところ
・1年後、3年後に新人にどうなってほしいのか
これは新人自身が自分を振り返り、アクションプランを立てる上で参考にする人が多く、非常に影響力が大きいようです。そのため、人事部門でも指導員の手紙はすべて目を通し、内容が曖昧なものや、本人をよく見ていないと考えられるものについては、指導員当人に書き直しをお願いすることもあります。
研修後の工夫
アンケートで指導員として苦労したことや次年度へのアドバイスを聞く
・新人は指導員への感謝と次年度の新人へのアドバイス
・指導員は指導員として苦労したことや次年度へのアドバイス、人事部門への要望
・課長は自身が任命した指導員はどうだったか
指導員を初めて経験した40歳の課長は、その経験を通じて上司から「変わった」と言われるほど柔和になったそうです。課長は「新人との関わりを通じて、自分も多くのことを学びました。指導員の役割は1年で終わりますが、その新人との関係は終わりません。職場が変わっても、何かあれば相談できる関係が続いています」と話しています。
2015年度指導員研修の満足度調査結果
・「この研修は役に立つ」と感じた方は、育成プランに基づき指導したり、研修内容をより実践・活用したりする傾向が見られました。
・満足度が高い参加者は「人材マップ」が充実しており、現場で協力を得た人数も多いことが分かりました。
研修の特徴
・ニコンの研修では、研修前と研修後にアンケートを繰り返し実施し、その結果を次回の研修に活用しています。
・受講生の反応を細かく聞き取り、結果をフィードバックしています。
・これにより、研修の実効性を高め、 研修転移 を促進する仕掛けが整っています。
・事前課題を通じて上司にも研修に参加してもらい、上司からの期待を参加者に伝えることで、指導員としての自覚やモチベーションを高めることができます。
・指導員は次の年の指導員にメッセージを送り、新人も次の年の新人にメッセージを送ります。ある年の研修がその年で終わらず、常に次の研修を意識して行われ、研修内容を次の時代に伝えなければならない、という継承性を前提としています。
ニコンではこの研修が10年以上続いていますが、当初は上司や職場メンバーが研修に協力的ではなかったそうです。しかし参加者が増えていくに従って、浸透し、現在ではアンケートで職場が研修に協力的でないという回答がゼロにまでなったといいます。組織文化を変えるというのは時間がかかることですが、長く続ければ組織は変わっていくという好例です。
5.まとめ
これまで、 研修転移 がいかに難しいプロセスであるか、そしてその促進のためにどのような方法が有効であるかを解説してきました。しかし、研修で学んだ知識やスキルを実務に活かし成果を上げることは、短期間で達成できるものではありません。重要なのは、 研修転移 を実現するための「継続的な取り組み」です。
まず、研修は一度受講するだけで終わらせず、学んだ内容を実務に繰り返し応用することが求められます。そのために、定期的なフォローアップやフィードバックが不可欠です。上司や同僚、メンターによる支援があれば、社員は安心して研修内容を実践でき、失敗を恐れず挑戦できる環境が生まれます。このような環境づくりが、研修の効果を最大化するカギとなります。
さらに、研修の成果を評価するシステムを組み込むことも重要です。研修で得たスキルが実際の業務にどれだけ役立ったかを評価し、フィードバックを通じてさらなる改善を図ることで、継続的な成長が可能になります。
最後に、 研修転移 を促進するための取り組みは、単なる一時的なプロジェクトではなく、組織全体で取り組むべき長期的なプロセスです。継続的な努力によって、研修の効果は徐々に現れ、組織の成長や業績向上に大きく貢献します。研修を通じて得た学びを実務に活かし続け、社員と組織の双方が成長できる環境を構築することが持続可能なビジネス成果を支える鍵となるでしょう。
6.企業研修のことならヒューマンエナジーにご相談ください
ヒューマンエナジーの「カスタマイズ研修」では、お客様が抱えている課題をお聞きし、目的や組織や人物像を理解して解決案を提示し、個別に研修を組み立てます。カスタマイズ研修には4つの特徴があります。「ビジョン反映型」「社会の変化に対応」「ワークショップ中心」「ゴールまで支援」の4つです。特に「ゴールまで支援」は 研修転移 を実現するための重要なノウハウです。弊社の研修プログラムでは、研修後も継続的にサポートを提供し、職場での実践を促進する仕組みを導入しています。例えば、研修後3か月後に受講生に課題を出します。その課題は、研修で学んだことが現場でどのように活かされているか、どのような効果を感じられているか、その取り組みについて具体的に言語化していただくものです。このプロセスを通じて、受講生は自身の業務を振り返り、学んだことを日常業務で実践し、その効果を測定できることで、モチベーションが高まる効果があります。企業個別の組織課題をお聞きし、 研修転移 を含む効果的な研修やソリューションをご提案させていただきます。お気軽にお問い合わせください。
ビジョン反映型カスタマイズ研修
特徴1.ビジョン反映型研修
お客さまの目指す組織・求める人材像を把握した上で、経営ビジョンに沿った研修を実施します。
特徴2.社会の変化・新たなキーワードを取り入れた研修
お客さまのお悩みを伺いながら、VUCA時代に激化する市場競争に対応できる人材と組織を開発します。
特徴3.ワークショップ中心
受講生同士のコミュニケーションを大切にしながら、互いの考えや気づきを共有することで相互理解を促します。
研修の特徴 4. ゴールまで支援
研修後も伴走し、目指す組織・求める人材像に向き合い続けます。
今回ご紹介した研修の振り返り・評価のサポートや、お客様の課題やご要望に応じて年単位・半年単位での組織変革・人材改革も支援いたします。
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この記事を書いた人
株式会社ヒューマンエナジー
人材育成トレーナー、キャリアコンサルタント
堀 里恵(ほり りえ)
【資格】国家資格キャリアコンサルタント、両立支援コーディネーター基礎研修修了
1,000人以上の学生指導経験。就職活動対策講座を通して自信を持って活躍できるキャリアパスを醸成します。エンゲージメント向上研修では目指す組織・求める人材像をヒアリング。お客様と共にプランを作成します。