目次
1.なぜ不景気になると研修が削減されるのか?
景気が悪化すると、「まずは研修費から削ろう」と考える企業は少なくありません。実際、2008年のリーマンショック時には、企業の63%が社員研修などの人材育成費用を削減したという調査があります(AIHR調査)。
この傾向は日本企業でも見られ、産労総合研究所の調査(下図参照)では、一人あたり研修費用がバブル崩壊、リーマンショック、コロナショックのたびに大幅に落ち込んでいることが読み取れます。人材育成の必要性が叫ばれている中でも、失われた30年の間、一人当たり研修費用は結果として横ばいとなっていることが分かります。
なぜ景気悪化のたびに研修コストが削減されるのでしょうか。研修のROIが定量的に示されていないことに一因があると考えられます。つまり「目に見える成果がない」=「削っても支障がない」と判断されてしまっている可能性があります。しかしハーバード大学の調査では、不況時にコスト削減ばかりを優先した企業は、景気回復後に十分な成長ができなかったという結果が出ています。
2. 本当に削るべきは研修か?

研修を「コスト」と見るか「投資」と見るかで、企業の将来は大きく変わります。米国のロリー・バシー博士による研究では、研修投資のROIが平均300%(=1ドルの投資で6.72ドルの利益)に達するという驚異的なデータが示されています(AgileVelocity調査)。
加えて、研修を削減するリスクは人的資本の損失です。厚労省の資料によれば、正社員一人あたりの採用コストは約93万円(2019年時点、中途採用実態調査)にのぼり、離職による損失は業務引き継ぎの非効率や職場の心理的負担など、数値化しにくい損失も多大です。
3.モチベーション・エンゲージメント・離職率への影響

研修は単なるスキル付与にとどまらず、従業員の“会社への期待”や“愛着”を高める装置としても機能します。リンクアンドモチベーション社の調査によれば、社員が離職を考える最大の理由は「成長実感の欠如」であり、エンゲージメントの高低と離職率には明確な相関があるとされています(BuzzKuri記事)。
また、サイボウズ株式会社では、自社研修やキャリア自律支援制度の導入を通じて、離職率を28%→4%にまで大幅に改善しています。
研修がある企業とそうでない企業の間では、以下のような差が明確です
• 離職率の減少
• モチベーションの向上、仕事満足度・チーム連携強化
• 「会社が自分の成長を応援してくれる」という帰属意識の形成
これらはすべて、企業にとっての「戦力の維持」と「現場力の強化」という形で還元されます。
4.逆境に強い教育設計とは? 3つの「再」戦略

不況など経営環境が厳しい中でも人材育成を止めるわけにはいきません。研修予算が限られる状況では、研修投資の「再焦点化」(Refocus)、研修手法の「再配分」(Redirect)、研修資源の「再構築」(Restructure)という3つの視点から戦略的に施策を講じることが重要です。
以下、それぞれの概要と日本企業の具体的な取り組み事例を紹介します。
1.Refocus(再焦点化):研修ニーズの重点化

限られた予算は、今まさに必要なスキルや将来の成長に不可欠な能力に集中投下します。まず自社のスキルマップや人材要件を見直し、優先すべき能力領域を特定します。例えば、SMBC日興証券では、2020年にLMS(学習管理システム)上で150以上の部署別に必要スキルを定義した「Nikko Palette」を導入し、各スキル項目から該当する学習コンテンツに直接アクセスできる仕組みを構築しました。これにより従業員は自身に足りないスキルを自覚しやすくなり、必要な教材に素早くたどり着けるようになっています。
同様にアサヒビールは、2018年に社内ポータル「Career Palette」を開設し、職種ごとのジョブディビジョンスキル表(スキルマップ)を研修体系の核に据えました。体系化されたスキルと具体的教材を紐付けてメニュー化した結果、eラーニングの月間PV数が500から6,000へと12倍に拡大するなど学習活性化に成功しています。
弊社でも研修のご提案だけでなく、スキルマップの見直しや等級に応じたスキルマップ構築からご支援させていただくこともあります。スキルマップ自体が、研修プログラムと密接に結びついていることが重要だと言えるでしょう。
従業員のスキルおよびモチベーション維持の観点からは、特に新入社員研修は守るべき研修と言えるでしょう。あわせて、将来のリーダー人材の育成も優先投資領域です。実際、不況期には研修対象を絞り、高い潜在力を持つ次世代リーダー候補に集中的な育成機会を与える企業が増えています。このように研修資源を重要スキル・重要人材に再焦点化することで、経費対効果を最大化します。
2.Redirect(再配分):研修チャネルと手法の見直し

研修方法を工夫し、低コストで効果の高いチャネルや学習手法に再配分します。コロナ禍以降、多くの日本企業が対面研修をオンライン研修やVR研修に切り替え、移動・会場費を削減しつつ研修の継続性を確保しました。たとえばコンビニ大手のファミリーマートは2023年より順次VRによる店舗オペレーション研修を導入しています。VRならば場所や時間を選ばずスタッフが自律的に学習でき、さらに同社のVR研修コンテンツは日本語を含む10カ国語に対応しているため、増加する外国籍スタッフの教育にも役立ちます。実際に2020年度入社の社員研修に試行導入した際は、VR研修により人が教えていた場合の約3分の1の時間で習得が可能となり、1人当たり約60時間の研修時間削減を達成しました(ファミリーマート)。これは大幅なコスト・工数削減とスピード育成を両立した好例と言えます。
ただし、単なるオンライン研修の導入だけでは、効果が見込めない場合もあります。オフライン・オンライン双方の研修講師をしている立場からは、オンライン研修における受講生の集中力は格段に落ちます。また、企業への帰属意識や同僚との共同作業による一体感の醸成なども期待できません。部分的にはオンライン研修を取り入れつつ、重要な研修は引き続きオフラインで行うことが必要だと考えます。
さらに、オンライン研修の効果を高めるためには研修コンテンツの設計手法も重要です。ただ動画を垂れ流すのではなく、「Tell(説明)→ Show(実演)→ Do(実践)→ Apply(応用)→ Reflect(振り返り)」といった学習プロセスに沿ってコンテンツを構成することで、受講者の主体的な参加と定着を促します(Shiftelearning)。
限られた予算下ではこのような基本に忠実な設計で研修効果を最大化することが肝要です。各社ともWeb会議システム+オンライン教材を部分的に活用した研修や、動画視聴と対話セッションを組み合わせたブレンデッドラーニングなどを取り入れ、研修手法を最適化(再配分)しています。
3.Restructure(再構築):研修予算・リソースの再設計

最後に、研修に割ける限られた資源を構造的に組み替え、持続可能な形に再構築します。具体的には以下のような施策が取られています。
- 研修費用の再編成とコスト見直し: 既存の研修プログラムや契約を精査し、費用対効果の低いものを縮小する一方、重要施策には予算を振り向けます。必要に応じて、研修の一部を市販の定額制のオンライン学習サービスで代替することも手法の一つです。ただし、一般向けのオンライン学習サービスのみで研修を完結させてしまうと、企業独自の育成を放棄することとなってしまうため、留意が必要です。
- 公的助成金の活用: 国や自治体の提供する研修補助制度を積極的に利用してコスト負担を軽減することも有効です。厚生労働省の人材開発支援助成金などは、従業員の職業訓練に要した費用や訓練期間中の賃金の一部を助成してくれます。(mhlw.go.jp)。不況期でも公的資金をうまく組み合わせることで研修投資を下支えできます。
社内メンター制度の強化: お金をかけずに社員の成長を支える仕組みとして、OJTとメンタープログラムの充実も欠かせません。新人や若手社員に対しては、アサヒビールのように入社後4ヶ月間、社内公募で集まった先輩社員が「ブラザー/シスター」(メンター)役となりマンツーマンで業務指導やメンタルケアまで担う制度を設けている企業もあります(global-saiyou.com)。このような社内メンター制度を活用すれば、高額な外部研修に頼らずとも現場で実践的に人材育成が可能となり、定着率向上にも寄与します。ベテラン社員による勉強会の開催やナレッジ共有の仕組みづくりなども含め、社内の知見を最大限に引き出すことがコストをかけない研修モデルとして注目されています。ただし、急にメンターとして実力を発揮するのは難しいため、当初はメンター育成のための研修などを実施することが必要でしょう。
以上、Refocus(研修ニーズの絞り込み)、Redirect(研修手法の工夫)、Restructure(研修資源の再設計)の3つの観点から、不況期でも研修効果を最大化する施策と事例をまとめました。これらを組み合わせることで、短期的なコスト制約に対応しつつも人材育成の重要課題を先送りせずに済み、将来の競争力に繋がる人材投資を継続することができます(aihr.comaihr.com)。不況下でも工夫と戦略次第で人材育成は前進可能であり、各社の創意工夫に今後も注目が集まっています。
5.まとめ

不況時こそ、企業は「何を残すか」の選択が問われます。人材育成はコストではなく、企業が未来を切り拓くための最重要資産です。
• 短期: 離職率・モチベーション低下の抑制
• 中長期: 組織力・競争優位性の維持強化
この両面において、研修の価値は今こそ再確認されるべきです。
そしてRefocus(研修ニーズの絞り込み)、Redirect(研修手法の工夫)、Restructure(研修資源の再設計)の3つの観点から、不況期でも研修効果を最大化する施策と事例をまとめました。これらを組み合わせることで、短期的なコスト制約に対応しつつも人材育成の重要課題を先送りせずに済み、将来の競争力に繋がる人材投資を継続することができます。
不況時の研修の実施にこそ、その企業の競争優位性の本質があると言えるのではないでしょうか。
企業研修のことならヒューマンエナジーにご相談ください
ヒューマンエナジーの「カスタマイズ研修」では、お客様が抱えている課題をお聞きし、目的や組織や人物像を理解して解決案を提示し、個別に研修を組み立てます。カスタマイズ研修には4つの特徴があります。「ビジョン反映型」「社会の変化に対応」「ワークショップ中心」「ゴールまで支援」の4つです。特に 「ゴールまで支援」 の観点から、研修後のフォローアップ施策まで一貫してサポートします。受講者が学んだことを 実務に活かし、確実に行動変容につなげるために、研修設計の段階からフォロー体制を組み込むことを重視しています。具体的には、研修後の事後課題、フォローアップ研修の設計を含めたフォロー施策を提案し、受講者が学びを継続できる環境を整えます。また、単なる知識の習得で終わらせず、「実践し、定着させる」ことを目的としたアクションプランを策定し、職場で活用できる仕組みを構築します。
さらに、研修効果を最大化するためには、受講者本人だけでなく、上司や人事、経営層の関与も欠かせません。そのため、組織全体で研修の成果を支える仕組みとして、上司との1on1の導入や、研修の目的を経営層と共有する取り組みもご提案しています。研修の「やりっぱなし」を防ぎ、ゴールまで伴走することで、確実な成果へとつなげます。
具体的な研修内容や実施タイミングはお客様のニーズに応じて柔軟に対応いたします。企業の個別の課題をお聞きし、最適な研修やソリューションをご提案いたします。お気軽にお問い合わせください。
本ブログの著作権は執筆担当者名の表示の有無にかかわらず当社に帰属しております。
ビジョン反映型カスタマイズ研修
特徴1.ビジョン反映型研修
お客さまの目指す組織・求める人材像を把握した上で、経営ビジョンに沿った研修を実施します。
特徴2.社会の変化・新たなキーワードを取り入れた研修
お客さまのお悩みを伺いながら、VUCA時代に激化する市場競争に対応できる人材と組織を開発します。
特徴3.ワークショップ中心
受講生同士のコミュニケーションを大切にしながら、互いの考えや気づきを共有することで相互理解を促します。
研修の特徴 4. ゴールまで支援
研修後も伴走し、目指す組織・求める人材像に向き合い続けます。
今回ご紹介した研修の振り返り・評価のサポートや、お客様の課題やご要望に応じて年単位・半年単位での組織変革・人材改革も支援いたします。
企業研修のことならヒューマンエナジーにお気軽にお問い合わせください。
株式会社ヒューマンエナジー
愛知県名古屋市西区名駅1丁目1番17号名駅ダイヤメイテツビル11階
052-541-5650
お急ぎの方はお電話ください(平日9:00~18:00)
この記事を書いた人
.png)
株式会社ヒューマンエナジー
代表取締役 神山 晃男
ディープリスニングと実務における経営経験を活か
し経営改善・組織改革から現場の業務効率化まで幅
広い目的にあわせた研修プログラムをご提供します。
本ブログの著作権は執筆担当者名の表示の有無にかかわらず当社に帰属しております。